エドワード・エルリックの受難
「おいこら無能!!」 怒号一発、勇ましく(というより、殴りこみ)ドアを蹴破ってきたのは鋼の錬金術師と名高いエドワード・エルリック。 トレードマークとも呼べる赤いコートを翻し、金色の三つ編みを後ろで遊ばせている。 「なんなんだよ、これはっ!」 そういって彼は、自分の上司である焔の大佐のデスクに激しく何かを叩きつけた。対する焔の大佐、ロイ・マスタングといえば先ほどからのエドワードの激昂などなんのその。慣れているといった風でサインをする手を休める暇はない。 「全く、君は上司に対する敬いがない上に、常識もないのかい?見たまえ、サインが歪んでしまったよ」 そういって、黒髪の上司は嫌みったらしくサインを書き損じてしまった重要書類をエドワードに突きつける。 しかし、怒りが頂点に達してる彼に全く効果はないようで、幼さの残る顔を怒りにゆがめ、眼光鋭く言い返す。 「そんなこと俺の知ったことか。コレは何だと聞いてんだよ」 「何って、服ではないか。かわいそうに、とうとうそんな事すら分からなくなったのかね?」 甚だ構っていられないという風に軽くあしらわれてしまえば、エドワードは怒りの沸点を激しく超える他ない。 「あぁん!?そんな事を聞いてんじゃねぇんだよ!!どっからどー見てもこれは女物だよなぁあ!!?喧嘩売ってんのかオラァ!?買うぞ、この無能め!!!」 怒りに任せ、エドワードが一息にこの台詞をはく間、ロイは耳を指でふさぎ、眼を閉じ全身で『うるさい』と主張。そして、エドワードの息が途切れた瞬間。「はぁ」と大きなため息をわざとらしくつく。まこと他人の逆鱗を撫でるのが上手い人間である。(褒め言葉では決してない) 「仕方がないだろう。いい加減CP的要素のものを載せないと、素敵な単語(×××)で検索されたり、それ目的で訪問してくれたお嬢さんがたに申し訳が立たないだろう?」 「はぁ?んなもん知るかよ!大体なんで男の俺がこんなもん着なきゃなんねーんだよ!?例えば中・・・・・・うごっ」 勢いよく反論をすれば、言葉の途中で突如口をふさがれた。ふがふがと、何をするんだと訴えれば目の前にいる男は多少青い顔をして言い返す。 「そんな事中尉に頼めるわけなかろう」 ロイにうっすらと汗が滲んでいるのをみとり、ああ、そうですよね、と自分も多少青くなりながら納得する。見目麗しい鷹の目の中尉は、事務処理を完璧にこなすのは勿論、素晴らしい射撃の腕の持ち主だ。今こうして騒いでいられるのも彼女が忙しいにも拘らず、黙認してくれてるおかげである。実質、当方司令部のタイムスケジュール他は彼女が握っているといっても過言ではない。だが、これ以上騒がしくしてれば、目の前の無能大佐と共に蜂の巣にされても可笑しくないだろう。 聞こえるはずのない、安全装置をはずす音が聞こえた気がして、エドワードは一瞬大人しくなる。 「・・・・・・じゃ、じゃあ此処はウケ狙いでっ」 しかし、抵抗の手まで緩めるつもりはなく、どうにか打開案をと提示していく。そんなエドワードの抵抗を鼻で笑うのはロイである。 「見苦しいぞ、鋼の」 「あぁ!?」 「まぁ、落ち着いて考えてみたまえ、私ににゃんにゃんされるのと、コレを着るの。どちらがマシか」 意気揚々とエドワードを諭し始めるのはいいが、大の大人が、しかも三十路直前の大人が『にゃんにゃん』などといわないで欲しい。気持ちわるいではないか。因みに『にゃんにゃん』とは・・・・・・そーゆーことだ。良い仔のお嬢さん方は意味が分からなくても周りの見識ある大人に聞いちゃ駄目だぞ★ 「・・・・・・っ、どっちもやんねーよ!!少尉にやらせろ!」 悲しくも『にゃんにゃん』の意味を悟ってしまった少年エドワードは顔を真っ赤にさせてロイの言葉に噛み付く。以外にもその言葉はロイに大きな衝撃を与えたようで、彼は顔を真っ青にさせて叫びだした。 「なっ、なっ、いやだ、いやだ、いやだ!!そんな気持ちの悪いもの見たくない」 「俺がやってもカワンネーだろうが・・・・・・」 「いんや大きく変わる!!」 「・・・・・・」 「それに私が、もし、仮に、ハボックとそんな状況に陥るなんて・・・・・・おぉう、なんとオゾマシイ」 どうやら彼の妄想はエドワードの台詞により、思わぬ副産物を頭に浮かばせたようだ。このまま死んでしまいそうな虚ろな眼をして意味を成さない音を発する。その顔には脂汗が大量に浮かんでいる。ここで、変態大佐ロイ・マスタングの妄想による副産物を事細やかに描いてもいいが、ワタクシ自身もダメージをうけてしまうのであえて避ける方向とすることをご了承いただきたい。 一言で説明するならば、「自主規制の太文字にモザイク背景」 ただそれだけだ。 国軍大佐とは思えないような情けない姿で自分の世界にトリップしている大人の後ろ姿を睨み付けてエドワードは怒りのオーラを立ち上らせる。「何をやらせるつもりだったんだ、このおっさん」額に青筋を浮かべてそう思う彼の両手は、どのタイミングで機械鎧を練成し直してやろうかと、今か今かと蠢く。いい加減、莫迦な大人の相手は疲れたと幼い彼の表情が語っていた。 だがエドワードがそうやって怒りを募らす一瞬に立ち直ったタフな大人はいつのまにか右手に古ぼけた分厚い専門書を掲げ、さも忘れていたとばかりにそれを示した。 「ああそういえば、こんなものがあったな」 そしてぺらぺらと日焼けして黄ばんだ専門書の頁をめくる。さも意味ありげな眼をエドワードに向けながら。 「それっ!俺がっ」 見覚えはなかったが心当たりのある古ぼけた専門書に声を上げる。それは2〜3ヶ月ほど前にエドワードが西部の外れの村で頼みに頼んで、伝手を使い東方司令部に送ってもらった代物だ。すっかり忘れていた。それが今、目の前の無駄に爽やかな笑顔を振りまく男の手の中にある。最低最悪の状況だ。 「うーわー・・・・・・」 もう、ため息以外でてきやしない。エドワードにこの事態を回避するすべは見当たらないようだ。
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執務室からどうにか脱出し、疲れきったといった体でふらふらと休憩室に寄ったのがまずかった。ドアを開けば、部屋にいた者たちはワンテンポ遅れて沈黙。その後爆笑の嵐。 「な、なにやってんだよ、大将!!!」あー、腹イテェ、死ぬ!などと言うのはタバコの少尉。あらまぁと、それほどまで驚いてはいないが口元に手を当てているのは鷹の目の中尉。きっと休憩室にたむろする男どもを駆逐しに来たのだろう。部屋の隅で一人詰将棋をといていた恰幅のいい少尉は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、タバコの少尉と共に爆笑した。 自分のうかつさに後悔しながらも、目の前の大人たちの反応にだんだんと怒りと恥がこみ上げてくる。何も言わず、Uターンして部屋を出て行こうとしたエドワードだったが、ハボックがそれをとめた。 「まぁ、待ってって大将。それ、どーしたんだよ」 逃げられないように、しっかりとエドワードの腕を捕まえたハボックは笑いを無理に抑えながらたずねる。 「しらねーよ!!」 もう怒りと恥でいっぱいのエドワードに説明する余裕はない。というか、この場に居るだけで羞恥プレイのなにものでもなくて、さっさとどこか誰も使わないような資料室に隠れこんで、どうにかして弟を呼んで宿に帰りたい。帰らせてくれ!!もしくは大きな穴でも練成してその中に入ってしまいたい!!!それしか考えられなかった。 「しらねーじゃねぇだろうよ」 詰将棋よりも面白そうな事に首を突っ込まずにいられねぇと、部屋の隅にいたブレダも話に加わる。 「うるせー、離せー!!」 「でもよ、大将。なんで、ブッ・・・軍服なんかっ(しかも女性用)」 最後の一言が言えなかったのは、笑いを堪えることが出来なかったハボックの未熟さゆえだろう。いつもなにかしらを起こす元気だけがとりえのような金髪の少年が、今回は疲労しきった顔で、普段とは逆の軍支給軍服、しかも女性用を着ているのだ。意外なうえにどうしてそうなったのか経緯を聞きたくてしょうがない。よもや、そのような嗜好に目覚めました、なんて事ではないだろう。 「しっかも、みょーな具合に似合ってるからなぁ・・・く、くるしー」 片手でエドワードを捕まえたまま、感想を述べつつ腹を抱えて笑うハボック。それに同調したブレダも悪乗りし、あえて神経を逆なでするような台詞をエドワードに投げかけた。 「これで筋肉がなければ、結構大丈夫なんじゃねーか」 「だぁれが、女と見間違うほどのミニマムちゃんだぁああ!!?」 そんな風に笑いと怒号の坩堝と化した部屋を沈静させたのはやはり中尉であった。天井に一発銃弾が押し込まれれば、騒いでいた3人は顔を青ざめて大人しくなるほかない。 「まったく、マタ大佐がくだらないことを思いついたんでしょう。それにしても、その軍服、正規の型とは少し違うわね」 「え、ああ、なんか大佐が練成しなおしたらしいぜ。たくっ、こんなところで錬金術を使うなよな」 中尉のなんだかポイントのずれた質問に毒気を抜けられたのか、エドワードはおとなしく答えた。支給される女性用の正規軍服はパンツタイプとスカートタイプの2種類である。エドワードが着ているものはそれのスカートタイプだが一部分違っていた。通常のスカートはいわゆるタイトスカートといわれるものだが、エドワードが着用しているものはボックスタイプのミニスカートであった。 いらないところで有能さを発揮するロイ・マスタングの欲望の成果であろう。 「あー、思い出してもはらたつなぁ!!なんで俺がこんなもん着なきゃなんねーんだよ」 中尉に説明しながら事の次第を思い出したのか、ミニのスカートをピラピラめくりながら文句を言い出す。 (それはあの人が変態だから) とは、大佐の奇行に慣れ始めた、有能な部下たちの心のつっこみ。それぞれが遠い何かを眺めているのは仕方がないことだろう。 そんな風にイライラとエドワードがスカートをめくる姿をみて、ハボックはふと疑問を口にした。 「大将、スカートの下どうなってんだ?」 まあ、男なら誰しも気になる聖域だ。しかし、なんというか、彼は自分があの変大佐の部下であるということを忘れてはならない。一同のハボックを見る目つきがツンドラ地方の風よりも冷たいものとなった。とうとうお前まで目覚めてしまったのか、と。エドワードにいたっては思わずホークアイの後ろに姿を隠してしまった。良き呑み仲間であるはずのブレダさえも距離を置く。 「なっ、ちげー!ちげーよ!!俺はボインが好きだ、ものごっつ女が好きだ!!」 冷たい目線に気づき、必死に弁解するが女性であるホークアイ中尉の前で『ボイン』は言っちゃならんだろう、ジャン・ハボック少尉。 必死なハボックを見てかわいそうに思ったのかエドワードは哀れそうな視線で答えてやった。 「……あー、なんか面倒だったから、下はトランクスのまんま」 「あ、そう」 「女の人ってスカート履くときどうすんの?なんかスースーして気持ち悪いんだけど」 「気になる人はスッパツなんかを履くわね」 「へぇ〜」 「初めて知ったっす」 繰り広げられるエドワードとホークアイの会話に新事実を知り、感心する男二人。しかし、そんな二人を振り返りホークアイはにこりと笑顔でかえす。 「あなた達はこの会話に入ってこなくてもいいのよ」 「……すみません」 効果音はもちろん『銃の安全装置をはずす音』 「それにしても、そのままじゃ帰れないわよね」 ふと思い出したように、当たり前のことをエドワードに尋ねた。そのホークアイの表情は「全く執務をこなさないくせに、くだらない事ばかりして。こうなったら通常の倍の業務を渡して残業させてやろうかしら」云々と語っている。 「とりあえず、服がなぁ……スカートの生地量がこれだけだけどズボンに練成しきれない気がするんだよなぁ」 「あら、そうなの?」 「結局は等価交換の原則だからさ、やってみたとしてもスゲー短けぇズボンになりそう」 うんざりした顔で説明する彼の背中は哀愁が漂っている。たまにしか司令部に顔を見せない鋼の錬金術ではあるが、それでも自分たちと同じように有能なんだか無能なんだかわからない上司に振り回されているのは一緒かと思うと仲間意識が改めて芽生えた軍人たちである。 「アルに連絡が取れればなー、代わりに何か持ってきてもらうんだけどさ」 「それだったら私がこれから大佐のところに行って、服を取り返してきましょうか」 「え、いいよ。中尉に迷惑かかっちゃうじゃん」 「大丈夫よ。どうせ大佐に書類を持っていくから、ついでよ」 「でも……」 二人が押し問答をしていると、廊下から耳慣れた金属音が聞こえてきた。ガシャガシャと忙しい音とともに室内に入ってきたのは大きな鎧の姿をした、鋼の錬金術師の弟アルフォンス・エルリックである。ナイスタイミングとはまさにこのこと。 「すいませ〜ん、ここに兄さんいませんか?」 「アル!」 遠慮がちにドアノブを引いた鎧姿の弟にエドワードは助かったといわんばかりに満面の笑みを浮かべた。アルフォンスがちょうどいいタイミングでやってきたことに一同はほっとする。 「よかったわね」 「ありがと、中尉。アールー、換えの服もって着てく、れ……」 あーよかった、これでどうにかなるとばかりに入り口付近にいる弟を振り返るとエドワードの動きが止まった。これでどうにかなると思っていたのに、如何にもならないような気がする。 「アルフォンス……さん?」 鎧で表情は見えないはずだが、何か怖い。睨まれている様な気がする。なんだか不穏なオーラも漏れている気がする。 「……にいさん」 「はいっ……」 ぼそりと弟に呼ばれ、思わず良い子の返事を返すエドワード。額にはなぜか冷や汗が出ておりそこに兄の威厳はない。そんな兄の肩をがしりと掴んでアルフォンスは怒涛の如く話しだした。 「なんなのその格好!どうしたのさ、って、軍服なのになんでミニスカートなの!?意味わかんない。かわいーけど!ねぇ、これ大佐にやられたの?そうなの?そうなんだね!?あっ、兄さん貞操は!!貞操は無事!??そっちはヤラレテナイよね!?」 アルフォンスの疑問はもっともだが、合間合間に聞ききたくない発言が含まれているのは気のせいではない。ありえない格好をしている自分の兄を問い詰める姿はまるで保護者のようだが、別の(所謂、邪な)感情が見え隠れするのは思い込みではないだろう。背中にはきっと「何考えてんのあの大人」などと書かれている。 そんなアルフォンスに迫られ、エドワードはもう悲しいんだか情けないんだかなんともいえない、それらをごちゃ混ぜにしたような表情で弟の質問を聞き流す。 「アル……」 そんなに言われたら兄ちゃん悲しくなっちゃう。だって、男の子だもん……
(2006年11月から2007年2月までウェブ拍手として公開。)
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