メビウスの輪04
街が、橙に染まりつつある。
くそ大佐のせいで時間がかかり、軍指令部から図書館に電話をした。アルはずいぶん待っていたというのに、なんだか楽しそうな声だった。きっと図書館の近くにいる野良猫と戯れていたんだろう。
通りを歩いていけば、左手の店から良いニオイが漂う。焼きたてのバゲットの匂い。シチューの日にはばっちゃん家のパンが食卓に飾られていたことを思い出した。そういえば一度、ウィンリーが作ったという、やけにいびつな形のパンがあったな。
くすくす笑いながら、その店の前をすぎると耳に懐かしい金属音が届いた。

「兄さーん」
「アル!」
「この通りを通ってくると思って、迎えに来たよ」
「司令部からだと、この道が一番図書館に近いからな」

並んで歩きながら、図書館や古本屋での収穫について話す。他にも、ちゃんと昼ごはんは食べたのかだの、司令部に行ったなら中尉達はどうしてただのと、他愛のない事を話す。ハボック少尉のうっかりを話したら、アルは「ボクもその場に居たかった!!」と笑いながら、悔しがった。
通りが、街が、ゆっくりと橙から紫に変化していく。
賑やかだった通りもだんだんと落ち着き始め、道を外れた家々には灯がともりはじめる。

「今日も宿はいつものとこ?」

アルはいつものように訊いてくる。
確かに、いいかげん宿を決める時間だ。軍の宿泊施設に泊まってもいいけど、そこに泊まって落ちつけるのかと問われれば、答えは「No」だ。それに、イーストシティで世話になる宿屋のおばちゃんとも仲良くなったし、アルも居心地がいいみたいだ。飯も不味くないから、そこの宿屋が好きなんだ。だけど、今回はそうはいかない。

「あ、ああ、そうだな」

これから行かなくてはならない場所を思い出して、暗鬱とした気持ちになる。ほんの1時間ちょっと前に会ったのに、なんでまた改めて会わなくちゃいけねぇんだ。心の中で毒づいてみても、結局どうにもならない。アルの声が耳に痛い。

「夕飯はどこで食べる?この前ブレダ少尉に教えてもらった食堂にいってみる?」

俺のことを気遣ってくれる、その優しさが痛くて辛くて、アルに何もかもをぶちまけたくなる。そんな事は出来ないから、グッと気持ちを押しつぶす。ひゅっと吸い込んだ空気が喉に痛い。それでも、取り繕うように言葉を吐き出す。

「アル、あのさ」
「なぁに、兄さん?」

嗚呼、アルの優しい空気が俺を見ていて、泣きたくなる。けど、泣くわけにはいかないから、俺は笑う。

「今夜は俺、大佐のとこに行かなくちゃなんだ。賢者の石の情報が西にあるって言うんだけど、その資料を大佐が家に置きっぱにしてたせいでよ、取りに行かなくちゃ行けないんだ」
「そうなんだ。遅くなりそう?」
「ん〜、わかんね。大佐ってば、無能だから資料も家のどこかで埋もれてんかもしれねぇし。あと、報告書も書き直せって、いちゃもんつけられた!!」
「それは、いちゃもんじゃないって。列車の中で書き上げようとするからいけないんだよ」

我ながら、うそ臭い理由だと思う。でも、嘘じゃない。ホントの事を言っているだけだ。それでも、胸の奥底にどうにもならない感情がぐるぐる渦巻く。
アルの優しいまなざしがちくちくと突き刺さって、いたい。

「そーゆう訳だから、部屋は一応いつも通り取っておいてくれよ。そっち戻れそうだったら戻るから」
「うん、わかったよ」

笑って、いつも通りに振舞おうとする自分が白々しい。苛々する。全部、アイツのせいだ。
生身のほうの手のひらをぎゅっと強く握った。

「それとアル。腹の中の猫を持ち込むなら、宿屋のおばちゃんに断っとけよ」
「えっ!なんで兄さん知ってんの!?」
「わかるっつーの。でも、今夜だけだからな」
「うん」
「うしっ。飯食うか」

鎧のアルフォンスを機械鎧の掌で叩く。ガンッと鈍い音がした。

感情を誤魔化すことが出来たら、どれだけ楽になるんだろうか。

やわい左掌の感触は俺の意識を現実に引き戻す。



→メビウスの輪(Act.5)