メビウスの輪04
街が、橙に染まりつつある。 くそ大佐のせいで時間がかかり、軍指令部から図書館に電話をした。アルはずいぶん待っていたというのに、なんだか楽しそうな声だった。きっと図書館の近くにいる野良猫と戯れていたんだろう。 通りを歩いていけば、左手の店から良いニオイが漂う。焼きたてのバゲットの匂い。シチューの日にはばっちゃん家のパンが食卓に飾られていたことを思い出した。そういえば一度、ウィンリーが作ったという、やけにいびつな形のパンがあったな。 くすくす笑いながら、その店の前をすぎると耳に懐かしい金属音が届いた。
「兄さーん」
並んで歩きながら、図書館や古本屋での収穫について話す。他にも、ちゃんと昼ごはんは食べたのかだの、司令部に行ったなら中尉達はどうしてただのと、他愛のない事を話す。ハボック少尉のうっかりを話したら、アルは「ボクもその場に居たかった!!」と笑いながら、悔しがった。 「今日も宿はいつものとこ?」
アルはいつものように訊いてくる。 「あ、ああ、そうだな」 これから行かなくてはならない場所を思い出して、暗鬱とした気持ちになる。ほんの1時間ちょっと前に会ったのに、なんでまた改めて会わなくちゃいけねぇんだ。心の中で毒づいてみても、結局どうにもならない。アルの声が耳に痛い。 「夕飯はどこで食べる?この前ブレダ少尉に教えてもらった食堂にいってみる?」 俺のことを気遣ってくれる、その優しさが痛くて辛くて、アルに何もかもをぶちまけたくなる。そんな事は出来ないから、グッと気持ちを押しつぶす。ひゅっと吸い込んだ空気が喉に痛い。それでも、取り繕うように言葉を吐き出す。
「アル、あのさ」 嗚呼、アルの優しい空気が俺を見ていて、泣きたくなる。けど、泣くわけにはいかないから、俺は笑う。
「今夜は俺、大佐のとこに行かなくちゃなんだ。賢者の石の情報が西にあるって言うんだけど、その資料を大佐が家に置きっぱにしてたせいでよ、取りに行かなくちゃ行けないんだ」
我ながら、うそ臭い理由だと思う。でも、嘘じゃない。ホントの事を言っているだけだ。それでも、胸の奥底にどうにもならない感情がぐるぐる渦巻く。
「そーゆう訳だから、部屋は一応いつも通り取っておいてくれよ。そっち戻れそうだったら戻るから」
笑って、いつも通りに振舞おうとする自分が白々しい。苛々する。全部、アイツのせいだ。
「それとアル。腹の中の猫を持ち込むなら、宿屋のおばちゃんに断っとけよ」 鎧のアルフォンスを機械鎧の掌で叩く。ガンッと鈍い音がした。 感情を誤魔化すことが出来たら、どれだけ楽になるんだろうか。 やわい左掌の感触は俺の意識を現実に引き戻す。
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