メビウスの輪01
日差しが瞼の裏に突き刺さり、ああ、もう朝なのかと知覚する。うっすらと瞼を持ち上げると何か、黒い物体が視界に入った。眼球が陽に慣れていないため眼前の存在は酷く曖昧に映りぼやけている。俺は窓際にいる物体、もとい、男に声をかけようと唇を動かし、声帯を震わせようとするが上手く動いてくれなかった。昨夜の行為で喉が渇ききっているようだ。それでも俺は声を出そうとする。 「た、いさ・・・」 やっと出た声は思っていた通り、掠れて酷いものだ。それでも男は俺の声に気付いたのかこちらを振り返る。思わず、素晴らしい聴覚だ褒め称えようではないかと馬鹿げたことを考えてしまった。
「やあ、鋼の。起きたのかい」 相変わらず胡散臭い笑顔を貼り付けたこの男はやけに晴れやかな声で俺を覚醒させようとする。しかし、俺自身といえば喉はいたいし、腰はずきずきするし、身体の節々から奇妙な音が聞こえてきそうでもう少し寝ていたいのが実情だ。 「何を言うんだか。既に世の中は動き始めているぞ。さっさと起きたらどうだ」 そのことを分かっていながら楽しげに語るその姿は、俺への嫌味としか取れない。全くもってふてぶてしいヤロウだ。
「なんだい鋼の、その仏頂面は。折角の朝に申し訳ないじゃないか」 そう言って、男はわざとらしい笑い声を上げた。今の俺にはヤツの戯言に付き合う体力もなければ、聞き流す気力もない。俺は汗やら何やらを吸い取ったシーツに顔をうずめた。このまま眼を閉じてもう一眠りしてしまいたい。気持ち悪いシーツも身体の状態も気付かない振りをするからもう少しばかり寝かせて欲しい。 「顔を上げなさい。でないと、水が飲めないだろう」
男の声が耳を通る。ああ、分かっているさ。でも、どうしても、身体が動かないことってあるだろう。水分は欲しいが、身体が動いてくれないんだ。そう訴える気持ちで俺は唸り声で返事を返す。 「私も暇ぢゃないんだ。さっさとしたまえ」 その言葉にカチンときた俺は、悲鳴を上げる身体に鞭打ち起き上がろうとする。テメェの都合なんか関係あるか。しかし、顔を上げ、身体を持ち上げた途端、顎を掴まれた。眼前に黒が広がり、唇に少し低い温度のそれが触れた。男の舌が俺の歯と歯を割って入り差し込まれる。反射的に自らも舌を差し出すと、生ぬるい液体が流し込まれた。 「・・・・・・んっ」 何をするんだと、眼で訴えると男は楽しそうに瞳を歪ませ更に深く口付けてくる。液体を――水なのだろう――流し終えても男は唇を離さない。角度をかえ、舌を絶妙に動かし離さない。苦しくなって、ヤツの胸を叩くまで止めなかった。
「っ、はっ、はぁ・・・・・・」 もう少し早く根を上げると思ったのだが。男はそう言いながら傍らに持ってきた水差しから直接水を己の喉に注いだ。
「はっ・・・・・・そっち寄越せよ。なに、それとも、まだやる気?」
腹ただしい気持ちを抑え、シーツに身体を沈める。無駄に体力を使わせるなと訴えたい。だがそんなことを言ったらヤツは喜んで嫌がらせをするかの如くからんでくるだろう。そんなのはごめんだ。 「なぁ、今更な質問をしてもいいかね」 声が、上から降ってくる。 「なんだよ」
俺は体勢をかえずに声を返す。 「君は、なぜ私に抱かれる?」
ことばが、わからなかった。 「・・・・・・さぁ」
視線を落とせばシーツの皺が眼に入る。 「なんでだとおもう?」
・・・・・・禁断の扉に手をかけたっ・・・アタス 終わるのかしら・・・
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