メビウスの輪03
太陽が南中から少し傾きかけた頃に、東方司令部に向かう。
それまでは、宿屋で朝飯を食ってから、図書館に篭ったり、古い屋敷や書店で文献を探す。お昼をめどに弟のアルフォンスが俺の手から文献を取り上げ「兄さん、お昼ごはん」と、昼食へ促す。昼食を摂ったら、必要に応じて司令部へ。何もないときは図書館、あるいは古本屋などを再び巡る。
イーストシティーに立ち寄った場合は毎度このサイクルだ。
今回もそう。イーストシティに着くとそのまま図書館に向かった。それから昼飯をとり、司令部に報告書を提出しなければならなかった俺は、アルフォンスに図書館を任せて司令部へと赴いた。
さっさと報告書を渡してアルの待っている図書館へ戻ろう。そう思ってやってきたのに、無能な上司のおかげでその予定は狂った。


「ごめんなさいね」
「いいって。中尉のせいじゃないし!仕事しねぇ大佐がわりぃんだよ」

中尉が差し出してくれた熱い紅茶を受け取りながら、予定を狂わした上司の不満をこぼした。すると、彼の副官である彼女は申し訳なさそうに、けれども呆れた調子でため息をつく。

「まったく。やれば出来るはずなのに、やらないところが余計にいやね」
「俺が来る度に書類の山に追われてるよなー。学習能力ないんじゃねぇの」
「そろそろ締め上げないと駄目かしらね」

ガチャリと静かに安全装置の外れる音がする。ああ、無能大佐め、さっさと中尉に蜂の巣にしてもらえ。腐れ上司へ悪態をつきながらふと疑問に思う。
今更な質問だというのは、口にした後に気づいた。

「中尉はさ、大佐に愛想つかしたことないの?部下として」
「あら、そんなこといくらでもあるわよ」

事もなしといった風に中尉は答えた。そして、俺の向かいに座って、自分自身に注いだ紅茶を一口飲んでから、まるで自分に確かめるようにして続ける。

「でもね、あの人だからこそついて行こうととも思うのよ」

中尉は窓の外へ眼を向ける。そこには無能大佐とハボック少尉が遠くに見えた。

「そういうもんなんだ・・・・・・」
「ふふっ。もしかしたらエドワード君と大佐は似ているかもしれないわ」
「はぁ?」
「会うたびに口論になるのは、同属嫌悪ってやつかしら?」
「中尉、俺、全然わかんねーんだけど・・・・・・」

にこにこと大人の笑顔で俺を見る中尉の視線はすごく優しかった。俺はすこし恥ずかしくなって、窓の外を見る。陽がきらきらして、向こうに見える軍人二人を反射させる。

「大佐も捕まったようだし、よかったわね」

やっとアルフォンス君と合流できるわよ、と続けながら彼女はカップを片付けに給湯室にむかった。俺はそのまま窓の外を見詰める。
嗚呼、黒髪が陽の光で綺麗に反射して――そして、その黒髪の持ち主がこちらを見つけて嗤ったような気がした。


「目標確保、ハボック少尉ただいま帰還しました!」

扉をぶっ壊すんじゃないかという勢いで、ハボック少尉が意気揚々と大佐を連れて帰ってきた。きっと彼女を、また、大佐にとられた鬱憤をここで晴らしたんだろう。

「お疲れ様、少尉。遅くなったけど、お昼休み行ってきていいわよ」
「そんじゃ、ありがたく。お、大将!来てたのか」

中尉に大佐を引き渡したハボック少尉は、目ざとく俺を見つけると陽気に声をかけてくる。相変わらず、羨ましいほどのでかさだ。

「お疲れ、ハボック少尉。まーた、大佐の捜索かよ」
「おうよ。おかげで、こちとら昼飯食いっぱぐれるとこ・・・・・・」
「おい、ハボック。私はまだ此処にいるんだが」

大佐への不満を豪快に笑い語ろうとすると、当の本人からのクレーム。自分の上司が目の前にいることを忘れるなんて、わざとなのか、素なのか。そんなんだから、モテねぇーんじゃないのか、なんてあんまりにも可愛そうだから言わないけどさ。
自分の状況を悟ったハボック少尉はタバコを咥えなおすと、そそくさと食堂に向かった。

「おっと!つーわけで、またな。大将」


残されたのは、俺と大佐。
中尉は気づいたら、消えていた。なんだ、この状況。

「ハンコ」
「久しぶりの上司への挨拶もないのか」
「そんな暇は、中尉とのお茶の時間という形で、有意義に消費させてもらった」

俺は大佐をにらみ付けながら、報告書を投げつける。こっちは随分と待たされたというのに、この男はそれを詫びる風も、まして焦るわけもなく「やれやれ」とため息をつきながらのんびり自分のコーヒーを用意する。

「少しは落ち着きたまえよ。こっちはさっきまでハボックと駆け回っていたんだ」
「体力ねーな、おっさん」
「・・・・・・君、少しは口の利き方を覚えたらどうだ」
「相手によって使い分けてんだよ」
「まったく、可愛げのないガキだ・・・・・・」
「うっせー」

やっとコーヒーを淹れたと思ったら、今度はゆっくり書類を眺めながらそれを飲む。俺が突き出した報告書なんか、二の次らしい。

「大佐。ハンコ」
「君は主語も述語も目的語も使えないのかね?文法の勉強もしないで、錬金術の本ばかり読み漁っていたから捻くれた性格になったんじゃないのか」

そこまで、一気に棒読みで言うと、目の前の大人は、はっはっはと、わざとらしく笑った。
その笑いにカチンときた俺は、何か言い返してやろうかと思ったけど、図書館で待たせているアルを思い出して、色んなものをグッと、飲み込んだ。

「・・・・・・焔の大佐殿。先月と先々月分の報告書をお持ちしたので、確認と判を頂戴できますでしょうかっ」
「ぎりぎり次第点としよう」

色んなものを飲み込んで、わざわざ下手に出て、慣れない敬語を使ってやったのになんて態度だ。怒りに震える俺をみて、大佐は例のいやらしい笑みを浮かべる。ああ、一発ぶん殴ってやりてぇ。

「今回は、イーストシティにはどれくらい滞在するんだ?」

ぺらぺらと、俺が列車の中で書きなぐった報告書をめくりながら大佐はお決まりのように聞いてくる。

「さぁ、とりあえず図書館と古本屋を一通り廻ったらって感じかな」

それに対して俺は、毎度お決まりの文句で返す。視線は窓の外。先ほどと変わらず、陽がきらきらと輝いている。広がる緑が光を浴び、力強く照っている。

「そうか。そしたら、2〜3日したら出て行く形か」
「そんなもん」
「西のほうで、賢者の石に関する情報があった。目的地が決まっていないなら行くといいだろう」
「そっか。サンキュー」
「誤字と意味の通じていない文章が7〜8箇所。後で家に来い」

その言葉の意味を悟り、大佐のほうに向き直る。逆光と先ほどの陽の光の影響で目がチカチカしてヤツの表情が分かり辛い。
ただ、ひどく皮肉った顔をしている事だけは分かった。

「そのときに、西の詳しい資料を渡そう」

嗚呼、俺はこの大人が嫌いだ。



ロイロイは卑怯な大人のイメージで・・・・・・